ありえな〜い!

 と若い女の子たちが言うのを良く耳にします。自分の基準とは違う他人をばかにして、排除するような、いやな響きと感じるのは、私が「KY」なお爺さんのせいでしょうか?
 「KY」というのも、「空気」という自分たちだけの基準を分からない人を批判するようで、自分の基準を押し付けようとするような身勝手な感じがして嫌いです。


 一昨日、3年も前に抜歯宣告された歯の抜歯撤回をブログしました。つまり、余命宣告された抜かれるべき歯が救われたということ。これこそ、「ありえな〜い」凄いことなのだと実感しています。
 この2年以上の癌の治療で抗癌剤放射線治療のため、インフェクションや免疫力の低下やトラブル続きだったのですから、歯が一本や二本駄目になっても仕方ないような状況でした。担当歯科医も、そのようなことを言っていました。
 たしかに、今もインフェクションはあり、人工肛門は不出来で、ヘルニアあり、膀胱にも皮膚に不都合はあります。しかし、抜くべき歯が生き残ったのは免疫力が相当強くなっている証し。今、身体全体がこのように保持できていることこそ、実は「ありえな〜い」凄いこと、スーパーナチュラルな神ワザと言えます。


 「ありえな〜い」は、「有り得ない」→「有り難し」→「有難い」→「ありがとう」→「感謝」となります。「ありがたい」は仏教語源の言葉らしいですが、音にすると大変に良い響き、心のこもる響き、大好きな言葉です。神のゆえに、有り得ないことが有り得るので「ありがたい」。
 「ありえな〜い」より「有難い、ありがたい、ありがとう!」がいいですね。